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tome365

Author:tome365
高倉勝子美術館「桜小路」
Katsuko Takakura Art Museum
登米市登米町出身
日本画家 

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髙倉勝子ふるさと展にちなんで- 義経ゆかりの地を訪ねて-②
おはようございます。
今日の登米市登米町はお天気に恵まれています
中庭のお花も朝霜で凍った体を伸ばし始めています~
DSC03129.jpg
山茶花

さて、
スタッフAW氏のブログ
髙倉勝子ふるさと展にちなんで- 義経ゆかりの地を訪ねて-その②をUP致します。
  ※紹介写真は、当館でご覧くださいね(●´ω`●)ゞ

「創設 金売吉次」によると、義経公は秀衡公に厚遇され
桃性・牡鹿・志田・玉造・遠田を賜りその領地検分の折り
登米地方をはじめ仙北一円を幾度も訪れているという。
 
それでは、平泉から登米・南三陸・気仙沼・平泉のゆかりの地を訪ねてみましょう。

中田町上沼  弥勒寺
  平泉の藤原家との関係も深く三代秀衡公が亡父基衡公追善の為造営し
平泉藤原氏の祈願所として、二代目基衡公の位牌堂を建立し位牌を祀っています。
四代目泰衡公の棺に八百年間眠り続けた蓮の種を開花させた
平泉・中尊寺から移植した古代ハスが見事に咲いています。

 義経主従は何度か弥勒寺を訪れていますが、「創設 金売吉次」によると、
奥州の代表する長徳山弥勒寺の宵祭りに訪れた時のことを再現すると、
祈祷には砂金を献上し、義経公は侍姿で弁慶は山伏姿で朗々経文を唱和したそうです。
 本堂の前では様々な催事があり、出し物が終わった合図の太鼓に、
突然弁慶が大薙刀を引っ提げて飛出し、薙刀の七つの型を演じた。
観衆は熱狂しもう一度とせがんだので、
義経公は「弁慶今度は九郎が相手をするからもう一度やれ」とすすめた。
義経公と弁慶は京の五条の橋での戦いを彷彿させた演技をしたところ群衆は熱狂した。

義経公主従は、「奥の長谷寺」と呼ばれている中田町の長谷寺に立ち寄っています。

遮那山長谷寺は9世紀初期坂上田村麻呂の建立とされ、
奈良・鎌倉と共に三代長谷寺の一つとされている。
  遮那山長谷寺に一本の桜の古木があります。
この桜は平泉に下った義経公が秀衡公から賜った領地の検分や
騎馬の早掛けの戦訓練の時など幾度となく訪れていますが、
その際、義経公童名遮那王丸からここを遮那山と称し
公自らお手植えした桜と言い伝えられています。
「エドヒガンザクラ」で800年も経っており、老化が進み幹の腐朽や枝枯も多く
仮死の状態であったが樹木治療がなされ、時期が来ると
今も優雅な花を咲かせ観賞る人に古えを偲ばせてくれています。


長谷山に遮られて湾曲する北上の瀬渡りを乗馬で越え対岸の楼台に渡り
その場所で主従一行は小休止した。
その際、義経公が手に持っていた室木を地面にさしたところ
忽ち根付き大木に成長したという。
○十年前に大嵐で倒れてしまったが根株は最近まで残っていたといいます。 

                                        つづく

DSC03127.jpg
    




新着情報 | 10:58:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
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