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tome365

Author:tome365
高倉勝子美術館「桜小路」
Katsuko Takakura Art Museum
登米市登米町出身
日本画家 

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雁 かりがね・・・・・?
こんにちは

今日は、ワークショップ「ふわふわクリスマスツリーを作ろう」が

開催されます。

その様子は、明日お届けしたいと思います

本日のブログはAWがお届けします

師走 半ば  冬枯れの短日
 
冬鳥は覚えているのだろうか。
 
毎年々々 同じ餌場にやってくる。
 
今年も田圃の落穂を拾って終日過ごしている。
  
数え切れない羽数。
  
でも、其の中で必ず何羽かは、長い首をもたげ
  
周囲の安全を確かめているようである。
 
家族や仲間を守っているのだろうか ?
  
近くにいる白鳥は悠々と餌を啄ばんだり、足を縮め休んでいる。

雁1
・・・・・毎年同じ田圃で餌を摂る 雁 かりがね?の群 ・・・・・

雁2
・・・・・ 撮影されるのが否なのだろうか ? ・・・・・

雁3
・・・・・ 雁の隣の田圃で摂餌する白鳥
(悠々と羽を休める白鳥も) ・・・・・

雁4
・・・・・ 奥の方の田圃では大型の鷺だろうか
餌の動くのをジットまっていた ・・・・・

雁(がん)と発音すると、何かと間違い、いやなイメージを

持たないとも限らない。
 
そこで、何となく文学的な雁がね(かりがね)と

呼(詠?)んだほうがかっこ良いような気もする。

「かりがね」という雁の仲間もいるらしいが。

以前、ブログで書いたような気もするが、

「かりがね」は、寒さにもめげず自分で餌場をみつけ、

家族・仲間と助け合いながら厳しい冬を乗り越え

春になると遠いふるさとの北国に帰り、子供を育て、

再び日本に渡ってくるという。
 
白鳥は、北帰行の際途中で体力を使い果たし、

ふるさとである北国に帰ることが出来ない白鳥もいるという。
 
冬鳥の生息数調査では、「かりがね」の飛来数は

増えているが、白鳥は減っているという。
 
「かりがね」は「飢えと寒さにめげず、家族・仲間と

絆を深め、厳しさを乗り越えていく」。この生き方は何か

自分が教えてもらっているような気がしてならない。

雁5
・・・・・ 餌場に舞降るかりがねのむれ(落雁<らくがん>) ・・・・・

雁6
・・・・・ 乱舞するかりがねの群れ ・・・・・
 
雁 かりがねの習性をネットで見ていると

歴史的な事実や日本文学の古典等に

興味深い内容が載っていた。
 
雁の飛び立ちを見て伏兵がいること。
 
古典の最高峰である万葉集にかりがねが
 
多く詠まれていること  等  等。

和菓子の名前にもなっていることを知った。
 
・ らくがん 落雁(おちがんとは読みません)
    「
雪中を飛ぶ雁の群れ」の水墨画を知っていた
   
教養人が白地に黒胡麻が散った粉熟を見て
   
「これぞ落雁」と命名したという説もあります。
 
・ ガンヅキ 雁月
    
歌川広重の浮世絵に「月に雁(つきにかり)」

というがあるそうですが、大きな丸い月をバックに

三羽の雁が下降する様を描いてある作品です。

「ガンヅキ」の名の由来は、この月夜の晩に渡り鳥の

雁が飛ぶ情景から名づけたという説もあるそうです。

単なる冬の渡り鳥としての「雁 かりがね」ではない。

日本の歴史・文化と密接な関係のある「雁 かりがね」。

これからは、そんな思いを込めて観察していきたい。
   
冬本番を迎える候、餌場となる田圃も雪に覆われることだろう。

摂餌も大変であろう。厳しさに負けず

春を迎え無事北帰行し再び日本に来てほしい。



雑記 | 09:00:44 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
古から続く・・・
おはようございます。雪の積もった寒い朝です。
ワークショップ、事前準備などお疲れ様です。
昨日は、新幹線「りこま高原駅」利用のたため雪の中のガン達を見ながらの往復でした。
初秋、渡ってきたばかりの彼らは、まだ大集団で食住を共にしていましたが、今は小集団での採餌に広範囲に飛び回っているようです。
かつては、関東付近、いや、全国に散らばっていたガン達は、いつの間にか「宮城県の県鳥」になってしまうくらい、生活地域が「宮城」に狭まってしまいました。その宮城県でもガンは、つい3~40年前頃前まで仙台市内でも普通に見られた冬鳥でした。実は、仙台は全国でも有数のガンの飛来地だったのです。特に「仙台市中田地区」、この頃では、そのことを知っている人も少なくなって寂しい限りです。
もしかして、我々がこの地に住むよりずーっと以前から、彼らは、この地と遠くシベリアなどの繁殖地との間を行き来していたと考えられます。ガンの寿命は10年程度、長いもので30年という記録もあるようです。その彼らの何世代にもわたる連綿と続く行動、それを我々が断片的に見ているだけで、彼らの生活は何も変わっていないのでは・・?とこの頃考えるようになっています。
私達人間は、その繋がりの記録などを後に残す方策を少しは確立してきています。この長く続いて来たモノ、そしてこれから続くモノを出来るだけそのまま後に繋げていくのが、今に生きる私達の責務なのかなと思っています。
私なりには、「高倉勝子美術館」もその一翼をになっている処だと思いながら、今後の美術館の活動に期待するものが大ですね。〈いつもながらの、誤字・脱字・乱文失礼します。〉
2013-12-15 日 08:58:02 | URL | [編集]
 Yacho 様
  いつも素晴しいコメントありがとうございます。
 平成25年の「日めくり」もあと数枚になつてしまいました。登米の町並も白いものに覆われる日も多くなってきました。
 今朝、雁・雁がねの一群が列を作らないで低く飛んで行くのを見かけました。町外の田圃は殆ど秋耕ちがなされ冬鳥の餌場が狭まり、しかも田圃一面が根雪で覆われてしまい、摂餌が大変だろうなーと他人事(?)のように思いながら見続けましたが餌場に落ちる場面は確認できませんでした。彼等にとりこれからますます厳しい時期(とき)がやってくる。しかし、彼らは強い。この厳しい冬を乗り越え、北の国に帰り、そして子を育て再び(否、〇10年も)日本にやってくる。これは決して同じ繰り返しではなくそれぞれが歴史を刻んでいるような氣がしてなりません。雁・雁がね(自然界全体から)の習性とその変化から、やらなければならないこと・学ばねばならないことを示してくれているのではと思うこの頃です。
 何はともあれ、今年もあと数日。こころして美術館の煤払いをして行きたいと思っています。どうぞ、よろしくお願い致します。
2013-12-22 日 11:25:21 | URL | Yacho 様 [編集]
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